認知症リスクとしての糖尿病

糖尿病になると認知症になりやすいということを聞いたことがあるかもしれません。糖尿病と認知症の関連については、国内、海外で多くの疫学研究が行われており、糖尿病患者の加齢による軽度認知障害、認知症の発症率は糖尿病でない人と比べて1.5~2倍高いことが分かっています。また、男性より女性の方がこの関連性が強いことも報告されています。認知症の代表的な原因疾患にはアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症があります。前者はβアミロイドやタウというたんぱく質に異常が起こり、それらが脳内に蓄積することにより発症しますが、後者は脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などにより脳血管が損傷することにより発症します。糖尿病は両者の発症率の上昇と関連していますが、脳血管性認知症の方がより糖尿病との関連性が強いと言われています。

 糖尿病が認知症の発症リスクを上昇させるメカニズムについては、解明すべき点が多いですが、いくつかの仮説が提唱されています。具体的には、① 海馬での神経新生は、成人でも認められ、記憶学習に重要ですが、これが高血糖で障害される、② 血液脳関門(中枢神経系の毛細血管において、血液と血管の外側の組織液との間の物質交換を制限する機構)の機能が糖尿病により障害される、③ 高血糖により終末糖化産物(タンパク質の糖化反応によって作られる生成物の総称 )の産生が増加し、これが酸化ストレスを増加させたり、脳内の免疫機能を担うミクログリアを異常に活性化させる、④ 糖尿病による慢性の軽度の炎症がアルツハイマー型認知症の病態を促進する、⑤ インスリン抵抗性 (インスリンが効きにくくなること)により、βアミロイドを分解する酵素の合成が抑制される、また、タウのリン酸化が促進される、⑥ 糖尿病により脳血管障害が促進される等が報告されています。

 糖尿病には大きく分けて膵臓のインスリンを作るβ細胞が破壊されてインスリン分泌が低下して発症する1型糖尿病と、それ以外の多くを占める2型糖尿病があります。1型糖尿病の患者数は2型糖尿病に比べ少なく、1型糖尿病患者が長生きできるようになったのも最近になってからなので、1型糖尿病患者における認知症発症リスクに関する研究は少ない状況です。しかしながら、イギリスの研究において、認知症のリスクは、1型糖尿病患者と2型糖尿病患者で同等か、1型糖尿病患者の方がリスクが高いかもしれないことが報告されています。

 このように、糖尿病により認知症のリスクが上昇することはわかっていますが、糖尿病を治療すると認知症のリスクを減らせるかどうかについては、まだよくわかっていません。この点について、2977人の糖尿病患者(平均年齢62.5歳)を、標準的治療群(目標HbA1c 7.0-7.9 %)と強化治療群(目標HbA1c 6.0 %未満)に分けて認知機能と脳の体積の変化を比べたACCORD-MIND study と呼ばれる研究が行われました。40 ヶ月後、脳の体積は標準治療群と比較して強化療法群で有意に大きい傾向にありましたが、認知機能は両者で差がありませんでした。ただし、もし、もっと長期間治療を行ったら、対象を若年者にしたら、強化治療群で低血糖が多かったがそれを防げたら、この研究の結果も違っていたかもしれず、糖尿病治療による認知症リスクの低下が否定されたというわけではないと考えられます。

 低血糖の話が出てきましたが、低血糖も認知機能を悪化させることが報告されています。糖尿病患者において、病院を受診しなければならないような重症低血糖があると、認知症のリスクが低血糖のない人と比較して低血糖1回で、1.26倍、2回で1.8倍、3回以上で1.94倍上昇すると報告されています。さらに認知症患者では低血糖リスクも上昇することがわかっており、悪循環となります。このように、低血糖を回避することは重要であり、インスリンやスルホニル尿素薬等の低血糖を起こしうる薬物を使用している高齢の糖尿病患者においては、日本老年医学会・日本糖尿病学会により図のように目標HbA1cの下限が設定されました(しかし、合併症を予防するためにはHbA1cが低い方が良いわけであって、低血糖を起こさないようにコントロールされている人は、これを下回る目標値を設定することもあります)。

 このように、糖尿病は認知症の明らかなリスク因子であり、糖尿病予防は認知症予防にもつながると考えられます。また、糖尿病患者は認知症のハイリスク者であり、適度な運動、バランスの良い食事、十分な睡眠、社会活動への参加、知的活動、禁煙・節酒、脂質・血圧管理等の認知症予防に有効と言われていることにも特に気をつけることが重要と考えられます。

内分泌・代謝内科学 藤沢治樹